私ども平和の絵本の、日々の活動日誌です。

今日は原爆の日:「平和の絵本で-和を地球へ」活動日誌

TOPへ-活動日誌(平和の絵本から)

私どもの平和と癒しの運動の、日々の活動日誌です。

今日は原爆の日


今日は原爆の日、61年前の今日、広島に原爆が投下された。
文字通り、地上に地獄が出現し、熱線に焼かれ、爆風で飛ばされ、放射能におかされ、無数の人々が原爆の犠牲になった。

原爆の犠牲になった、・・・さて、この言い方は、とても優しい。

「犠牲になった」という言い方は、台風の犠牲、雷の犠牲、地震の犠牲、といったときに、多く使われるもの。しかしながら、原爆は天災ではない。

原爆は100%人災であり、そこには、殺すという人間の意志が存在している。そして、むろん、そこには加害者も存在している。

「無数の人が、原爆の犠牲になった」

この言葉を、より直接的に表現すれば、恐らく、次のように書き換えることが出来る。

「無数の人が、アメリカに原爆で殺された」

いうまでもなく、加害者の名前を消し、殺された→犠牲になったとすることで、事実をオブラートに包み、そして憎しみを押さえ込むことが出来る。

憎まないため、憎しみの連鎖を生まない為、平和な世界をつくるため、オブラートに包んでいる。

―それは、素晴らしい事。
日本が憎しみの連鎖に身をおかなかったのは、まさに和の心の実践だったろう。

日本人が憎しみに身を委ねたなら、日本列島は、今の中東紛争のような泥沼になっていたのかも知れない。

だから、優しい言い方をする。原爆慰霊碑にも主語なしで「二度と過ちは繰返しません」と有る。
それは本当に素晴らしいのだけれど。。。。 本当に頭が下がるのだけれど。。。

しかし、もう61年過ぎている。

そして、アメリカには大変お世話になっている。アメリカは、現代日本の最大の貿易相手国であり、友好国だ。
アメリカの映画も、ディズニーランドも、最高ではないか? 自動車を発明したのも、飛行機を発明したのも、インターネットを発明したのも、素晴らしきアメリカ人だ! 日本人が大好きな野球だってアメリカの発明だ。

だからもう、憎しみは超えられないのか? 
もう、事実を冷静に受け止め、かつ憎まないという選択は、出来ないのか?

憎しみなしで、「無数の人が、アメリカに原爆で殺された」事実を、冷静に受け止めることは出来ないのだろうか?

―何が言いたいかお分かりだろうか?

広島の犠牲を、無駄にしたくないのだ。
つまり、広島の犠牲を生かし、世界で三度目の原爆が使われないようにするためには、アメリカが原爆を投下した原因を、(憎しみに目を曇らせず&オブラートに包まず)正確に見極める必要がある。

そして、その原因がまだ存在しているなら、それを除去する必要が有る。

たとえば、犯罪を予防するためには、犯罪が発生した原因を突き止める必要があるだろう。
どれほどそれが残酷な犯罪であっても、次の犯罪を予防したければ、加害者への憎しみを抑え、冷静に、動機を分析する必要があるのだ。

犯罪が発生した場合、むろん被害者の側にも、犯罪を誘引する原因があることも分かる。
たとえば、レイプされた被害者の女性が、セクシーなミニスカートをはいていた、といったことだ。これは、明らかなレイプの誘引だ。

しかしながら、いくら被害者の女性―犯罪の誘引―を分析しても、それだけで犯罪の予防に十分だろうか? それだけで、次のレイプを防げるだろうか?
あるいは、「レイプ廃絶宣言」を女子大が行って、女子大のキャンパスの敷地に看板を立てて、十分に効果的なレイプの予防になるだろうか?

全く無駄だとは言わない。
しかしながら、レイプを予防するためには、レイプした人間の動機なりを分析し、犯罪の原因―加害者側の原因だ―を突き止めることが、必要ではないだろうか。

レイプした人間が、例えば、覚せい剤の中毒者であって、それが原因でレイプしたのであれば、覚せい剤中毒という原因を除去することが、犯罪の予防につながる。

もし、覚せい剤中毒を放置して、女性のミニスカートを取り締まればレイプが無くせると思うなら、それは妄想に過ぎない。

―さて、原爆に関して、今まで日本で行われてきたのは、被害者の側の犯罪の原因、つまりは誘引に関することばかりではないだろうか。

日本の戦争責任、侵略。-むろん、レイプされないためには、セクシーな格好をしない方が安全だ。

しかしながら、加害者であるアメリカへの分析、なぜ原爆を使ったのか、その動機の解明は、十分に行われてきたのだろうか? そして、アメリカへの働きかけはどうだろう?

原爆投下のアメリカ側の原因は何なのか?
それとも、原爆投下をしたのは、当時の日本を考えれば、全く当たり前のことだったのか?

つまり、絶世の美女が素裸で、通りを散歩し、飢えた若い男性の前で、「おいでおいで」の動作をしたような状況だったのか?

原爆を2度も投下し、今でもそれを正当な行為だと主張するアメリカは病んではいないのか? 彼らは、覚せい剤中毒のような、何かの中毒に掛かってはいないのか?

原爆投下の原因は、除去されたのか? もし、心の病が原爆投下の背景に有るなら、それをどうすれば癒せるのか? アメリカの病を癒すために、我々日本人に何か出来る事はないのか?

つまり、オブラートに包まず、憎しみに目を閉ざさず、冷静に、原爆投下をした加害者側の原因を見極め、もし、それが今でも残っているなら、それをいかに除去するか、ということ。

これが、二度の原爆の犠牲者たちの鎮魂へ、今の我々に出来る事。彼らの犠牲を無駄にしないこと。三度目の原爆投下を防ぐ事。
つまり、長崎、広島の犠牲者達が、今の我々に残していった課題ではないだろうか?

俺達、「平和の絵本」は、この課題を果たす。

黙祷…



〔参考〕平和の絵本の原爆に関する絵本

原爆・核廃絶への道を描く「一輪の花」
広島のyukariさんの「魔法のメガネ―原爆編」










関連記事

  1. 2006/08/06(日) 14:01:51|
  2. 日誌|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2
<<善悪中毒シリーズのこと | HOME | 佐渡ケ嶽部屋へ絵本の寄贈>>

コメント

かっさん、こんばんは。

そうですね、善でも悪でも、どっちでも見えなくなるでしょうねえ。善悪は目隠しですから。

見たくないことって、いつまでも目をつぶって、先送りには出来るのですけど、出来る事は先送りだけ。

見たくないことを見ないと、癒しにはならない。手放せない。いつまでもついて回る。

見ないことは、次の悲劇の原因にもなる。

61年。
もうそろそろじゃないのかナと思います。
  1. 2006/08/06(日) 23:34:21 |
  2. URL |
  3. 東郷 潤 #-
  4. [ 編集]

>何が言いたいか、お分かりだろうか?

全部分かると言っては語弊があるかも知れませんが、解ります。

善の立場にたてば、それは不可能になるのかな?
「そんな馬鹿な!」という声が聞こえてきそうですね。
  1. 2006/08/06(日) 21:36:07 |
  2. URL |
  3. かっさん #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿。 ☆スパムはご遠慮くださいね。

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://peaceactivity.blog50.fc2.com/tb.php/274-02625887
















































当サイトと無関係の広告;[

FC2Ad