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新作絵本「罰は、さらなる犠牲者を生む」アップ:「平和の絵本で-和を地球へ」活動日誌

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新作絵本「罰は、さらなる犠牲者を生む」アップ


新作絵本「罰は、さらなる犠牲者を生む」アップしました。
またご感想なりお聞かせください。<(_ _)>

➡新作絵本「罰は、さらなる犠牲者を生む」
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  1. 2017/05/14(日) 16:30:47|
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  4. コメント:5
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コメント

かっさん

金を払えは、間違いなさそうですね~^^;;

新しく絵本アップしましたので、またご覧になってください。 そろそろ副作用も出尽くしてきた感もあり、罰を離れて次のテーマに行くか、どうしようかなあと考えています。^^
  1. 2017/05/24(水) 16:09:23 |
  2. URL |
  3. 東郷 #-
  4. [ 編集]

まあ、少子化だ~!生産力低下だ~!老人社会だ~大変だ~!とかいってテレビを見て心配してるような人たちに、今までと違う生き方、働き方の提案とか「大丈夫ですよ~、本当は5億人位がバランスなんだから~」とかいうのなら話はわかりますけれど、ワザワザ大金はたいてあんな巨石文明みたいなの建てて、さも自分たちが正しいみたいな主張の仕方から察するに、正しく賢く優秀な自分たち以外は65億人ほど死んでもらいたいとか言ってる様にしか思えないのが残念な感じですが、まあ殺されないまでも取り合えずお金はもっと払えとかは言われそうですね。^^;
  1. 2017/05/24(水) 00:36:19 |
  2. URL |
  3. かっさん #E9/Ef2VQ
  4. [ 編集]

かっさん

ジョージアガイドストーン、知りませんでした。^^; Wikiで見てみました。5億人ぐらいが自然と調和するという考え方。もし5億人以下が善で、超えると悪、強制しなくちゃとなれば、9割殺せになりますね。^^;

ユインシュタインさん

鋭いですね。^^ 仲良くすることは大切だけれど、それは命令・強制によるものではないですよね~ 
じゃ、なぜ命令するか? その底にあるのは、愛への無知、人間性への誤解、無理解、不信。 この気づきを世界に広げたいです。・・・何百年かかるかなあ?^^

ああそれから、僕も多様性って、とても大事だと考えています。それこそが人類の種としての強みだと。たとえば、一人の偉人のクローンで人類を作っちゃったら(同じDNA)、一つの伝染病であっという間に滅亡しちゃいます。暑さに対応する文化、寒さに対応する文化は、地球の気候変動への対応に、どちらも大切。

そのうちは、多様性の重要性をテーマとして絵本も書きたいなあ、なんて思ってます。異なる意見は敵ではないと。 ・・・いつになるか分からないけれど。^^;
  1. 2017/05/21(日) 14:13:30 |
  2. URL |
  3. 東郷 #-
  4. [ 編集]

かっさん、こんばんは^^
東郷さんではありませんが、横から失礼します。

>ジョージアガイドストーンには地球や自然、世界の為に、人口は5億人を維持とかいって現存の9割以上の人は死んだほうが良いなんていう、かなりイカレたことが書いてあったりもします

ジョージアガイドストーンというのが何なのか詳しくは知らないのですが、僕も以前、似たような事を考えてました(汗)
でも、こういう事って突き詰めて考えていくと、やっぱり根底には「人間不信」があると思うんですよね。
自分たちの仲間以外の、わけの分からない連中どもは存在していても無意味どころか、自分たちに何らかの害を及ぼす邪魔な存在でしかない=「悪人」=「消滅すべき存在」という思考に陥ってしまっているのだと思います。

そして、このような思考に陥ってしまう原因は、色々あるのかも知れませんけど、僕が思い当たる事としては、世界中の人々の心の中に「世界中みんなが仲良くしなければならない!」という命令が無意識のうちに存在してしまっているという事が、大きな原因かなと思っています。

「世界中みんなが仲良くするのは良いことだ!」と言えば、おそらく世界中ほとんどの人々は共感してしまいますね。
そして、今の善悪中毒の世の中には「良いこと(善)をしなければならない!」という、無意識の「善悪の命令」が存在している。
これらが組み合わされれば、「世界中みんなが仲良くしなければならない!」という命令が、世界中ほとんどの人々の心の中に無意識に発生してしまい、そうなれば・・・

「このルールに、みんなが従えば、世界中みんなが仲良くできるはずだ!」
「いや、こっちのルールのほうが、世界中みんなが仲良くできるはずだ!」
「いや、こっちのルールのほうが、世界中みんなが仲良くできるはずだ!」
「いや、こっちのルールのほうが、世界中みんなが仲良くできるはずだ!」
「いや、こっちのルールのほうが・・・・・・・

まあ・・・こんな感じの議論を、世界中の人々は延々と繰り返しているのだろうと思います。
「ジョージアガイドストーン」とかいうのに書いてある事も、そんなのの1つなんだろうなと思いました。

でも、現実の世界は、人それぞれ色んな人たちがいるし、国によって考え方も文化も風習も、それぞれ違っているわけで・・・
もっと簡単な話をすれば、赤道などの熱帯地域に住んでいれば誰だって「冷たい飲食物」を欲しがるなど、体を冷ます生活をするのが当たり前だと言うだろうし、逆に、北極や南極に住んでいれば「温かい飲食物」を欲しがるなど、体を温める生活をするのが当たり前だと言うだろうし・・・

この世界は、どうやっても世界中の人々が同じ考え方にならない仕組みになっている。

それなのに、何らかのルールを作って、みんなが従うようにすれば、世界中みんなが仲良くできるはずだ!などと考える事は無理難題でしかないどころか、むしろ、そんな事ばかり考えているから、いつまでも・・・

「世界中みんなが仲良くしなければならないのに、いつまでも仲良くできないじゃないか!」

という不満を、世界中の人々が抱え込んでしまっているんじゃないかという気がします。
そして、その不満を、どこにぶつけているのかと言えば「自分たちの仲間以外の、わけの分からない連中ども」という事になるのだろうと思います。

「あいつらが存在しているせいで、いつまでも世界中みんなが仲良くできないんだ!」

そうなれば、自分たちの仲間以外の、わけの分からない連中どもを「悪人」=「消滅すべき存在」という風に考えなくてはいけなくなって、「現存の9割以上の人は死んだほうが良い」などという極論が生まれてしまう。
そして、そのような思考に陥ってしまうからこそ、「人それぞれ」を認める事が出来なくなって差別が生まれてしまい、差別的な考え方が憎しみや恐怖の連鎖を生み出し、愛情や思いやりなどの心の成長が阻害され「人間不信」の状態から抜け出せなくなっているから、いつまでも人類は世界に平和をもたらす事が出来なくなっているのだろうなという気がしています。
逆に言えば「世界中みんなが仲良くする必要はない!」というのが世界の共通認識になったほうが、「人それぞれ」を認め合う事が出来るようになって、「差別」がなくなり、本物の愛情や思いやりが生まれたりして、世界は平和になっていくのかな?という気がしています。

絵本「罰とイジメと自殺のロンド」
http://www.j15.org/Picturebook-Suicide/index.html

これを読みながら、上記のような事を考えてみました。
  1. 2017/05/19(金) 23:49:04 |
  2. URL |
  3. ユインシュタイン #hVBOTS.Y
  4. [ 編集]

罰は現代(不安)社会ならではのニーズ(システム中での平和と安心安全)によって出てくるものなので、見せしめの生贄による抑止効果とかも期待されているから残念ながら始めから尊い?犠牲が必要な前途なんですね。

それでも核爆弾には核爆弾というのでは誰だって本末転倒だと思うんでしょうけど、そうは思わない人達もいて、例のジョージアガイドストーンには地球や自然、世界の為に、人口は5億人を維持とかいって現存の9割以上の人は死んだほうが良いなんていう、かなりイカレたことが書いてあったりもしますが、どっちかというとテロとか北朝鮮よりもこっちの方を怖がった方が良さそうですよね。
  1. 2017/05/18(木) 21:46:55 |
  2. URL |
  3. かっさん #E9/Ef2VQ
  4. [ 編集]

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