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善悪の錯覚の起源 ゾロアスター教から現代まで:「平和の絵本で-和を地球へ」活動日誌

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善悪の錯覚の起源 ゾロアスター教から現代まで


善悪の錯覚は、「あたかも二分類に見える」ことから、生まれる。

複雑な事象を、善と悪の二つに分類することで、あたかも単純な事象のように見えてしまう。 「複雑なもの」が、あたかも「単純なもの」に見えるというのは、つまり、錯覚だ。

いうまでもなく、善悪という概念が無いところに、善悪の錯覚は生まれない。
では、いつごろ、どこで善悪という二分類の概念が生まれたのだろう?

そう考えると、その起源は善悪二元論を特徴とするソロアスター教にまでさかのぼることが出来る。 
ゾロアスター教は、その後、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教にも大きな影響を与えたという。

開祖のザラスシュトラは、紀元前1600年頃から紀元前1000年頃にかけて生きた人。 そうすると大雑把に言えば、善悪二元論はメソポタミア文明で生まれたのかもしれない。開祖が善悪二元論を説いて、それが人々に受け入れられたということは、少なくとも人々の間に善悪二元論の土壌があったということで、それを思うと、善悪という概念の発明/発見は、今から4,000年ぐらい前にまでさかのぼれるだろう。

宗教/信仰としての善悪二元論は知らず(神の教えに関して、論評するものではありません)、そこから派生した人間心理としての「善悪の錯覚」もまた、少しずつ、人々の心の癖となり、古代ペルシアから全世界に広がっていったと推測できる。これはまたアーリア人の大移動といった民族の、他民族の征服・大移動とも重なる。

当時の人々が他民族を征服する上で、善悪の錯覚は、動機付けと心の痛みを誤魔化すといった、心の問題の(一時的な)解決に大いに役立ったことだろう。

つまりメソポタミア文明で、善悪二元論が生まれ、そこから人間心理として善悪の錯覚が(人々に気づかれることなく無意識に)生み出されてしまった。善悪の錯覚は人々の心をゆっくりと蝕み、人々は結果的に凶暴化し、争うようになり、そこにおそらく自然災害などの動機も重なって、他民族の征服、民族の大移動といったことが起きてしまった。

他民族を征服、虐殺する中で、善悪の錯覚へのニーズは必然的に高まり、人々はより深く善悪に中毒していく。

文明の広がり、民族の移動、宗教の広がりなどによって、善悪二元論は4000年かけて、人類に広がり、その影で善悪の錯覚も広がった。 善悪の錯覚は人間を凶暴化させる。凶暴化して他者を傷つけた人間は、自己正当化のために、より深く善悪の錯覚を必要とする。 そんな有機的なサイクルに飲み込まれた人類は、4000年もの間、親から子へ、子から孫へと、善悪を教え続け、同時に錯覚の手法を伝え続け、凶暴化し続けた。

そして近現代になって、人類そのものの破滅が懸念されるほどの兵器を持ち・使い、あるいは、愛する人を切り刻む快楽殺人者があらわれるほどに、つまりは行きつくところまで人類の凶暴化が行ってしまった。

・・・ものすごく大雑把に言えば、こんな流れになるのかな。

我が平和の絵本は、この4000年間の善悪の錯覚の広がり/人類の凶暴化の流れを逆転させるために、12年前に作ったもの。
ま、4000年かけて広がった錯覚を退治するのだ。一個人がたった12年で結果を出すのは無理。 後に続くものあるを信じ、500年ぐらいはかかるかなと思っている。笑











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  1. 2016/03/14(月) 11:29:50|
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