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賛成か反対か?:「平和の絵本で-和を地球へ」活動日誌

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賛成か反対か?


様々なメディア、アンケートなどで、種々の問題に関する賛成か反対かが問われている。

例えば、憲法改正。反対か賛成か。

いうまでもなく、賛成するも反対するも中身次第であり、その影響しだいだろう。 
たとえば憲法を変えた結果、日本が戦乱に巻き込まれ、日本民族が滅亡するなら、ほとんどの方は反対だろう。
逆に変えなかった結果、日本が結果的に自滅するなら、ほとんどの方は改正に賛成だろう。

移民問題もしかり。あなたは日本への難民受け入れに賛成するか、反対するか。

これもまた、難民を移民として受け入れた結果、犯罪やテロが頻発し、日本文化が粉々に壊れ、自分の家族が殺されでもすることになるなら、当然に反対だ。

逆に、難民を受け入れ、彼らの力で日本が発展するなら、それは結構なこと。難民を受け入れずに、多くの難民が死んで世界中から非難され、海外資産を凍結されて、ガソリン禁輸にでもなるなら、たまらない。そんな場合は、ほとんどの方が難民を受け入れることに賛成だろう。

賛成するのにも、理由がある。ニーズがある。反対するのにも理由がある、ニーズがある。それが現実世界。
こうした問題に対して、単純に賛成も反対も出来るわけがない。

僕の絵本「日本独立の選択」への反応にも共通点がある。

中国に占領されるから、日本独立には反対だとか、結局、何が言いたいのか、とか。
この絵本では、現状認識と選択肢を示しているだけで、@日本は独立すべきだ とも @日本は独立すべきではない とも言っていない。

日本が独立した結果、戦争が起こって、日本民族が滅亡することに、もしなるのなら、とても独立に賛成だなどとは言えない。
逆に独立しない結果、日本が徐々に滅亡するというのなら、とても独立に反対だなどとは言えない。

現実は、千変万化であり、何かに賛成しようが反対しようが、ニーズが自動的に消えるわけではない。テロや戦争なしで生きていきたいし、プライドも持ちたい。出来れば幸福に行きたい。他の人を犠牲にしたくもない。自分も犠牲になどなりたくない。

賛成しようが反対しようが、人間のニーズは消えないのだ。
であるなら、発想としては、いかに犠牲を少なく、より多くのニーズに答えるか、であり、それは、単純に@憲法改正にあなたは賛成ですか、反対ですか @自民党政権を支持しますか、不支持ですか @日本独立を望みますか、望みませんか @法的な規制をすることに賛成ですか・反対ですか。
といった二者択一の発想になるものではない。

人が何かを作ったということは(それが憲法だろうが、自民党だろうが、自衛隊だろうが)、理由があって作ったわけであり、賛成・反対によって、理由/ニーズの存在そのものは、変わらないのだ。

ところが、現実社会では、二者択一ばかりが幅を利かせている。そして、賛成か反対かで、不毛な議論・争いを続けている。賛成か反対かばかりに、巨大なエネルギーが注がれて、人のニーズ、人の涙は置き去りにされている。あるいは、半分のニーズ、半分の涙が置き去りにされている。

賛成か、反対か。 ・・・この発想は、錯覚の元となる。危険が隠されていることが、きっと多い。
そして深層心理の中には、@善だから賛成 @悪だから反対 という考え方が(常にとは言わないが)、存在している。

・・・つまり、ここにもまた、善悪の二元論。二つに一つという、心の中に刷り込まれた発想法の影響があると僕には思える。

賛成か、反対か。 これもまた、絵本に書くかなあ?
もうちょっと違うテーマも書きたいのだけれど。書いても書いても、二元論の問題は書きつくせないなあ。 



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  1. 2016/02/04(木) 16:34:36|
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