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差別を固定化するもの -差別をテーマとする絵本集:「平和の絵本で-和を地球へ」活動日誌

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差別を固定化するもの -差別をテーマとする絵本集


差別を生むもの、ということで3つ絵本を描いた。
もちろん、この3つ以外にも、差別を生む心理はいくらでもあるのだが、平和の絵本集の中で、認識を間違える心理が繰り返し取り上げており、まあ、この差別の絵本集の中では、ひとまず3本でOKだと思っている。

次に書くのは、生まれてしまった差別が固定化する心理。言葉を変えていえば、認識を間違えたとき、その間違った認識を改めない心理。間違った認識にしがみつく心理。

誰かを誤解したとして、どんな場合に、その誤解がずっと続くだろう?

●誤解を改めることが、悔しいといった一時的な感情。
●誤解を認めたら、謝罪しなければいけない。でも、謝罪をしたくないという、心理。
●誤解を認めたら、弁償しなければいけない。でも金は払いたくないという心理。
●誤解を認めたら、社会秩序がひっくり返る。革命はごめんだ、という心理。
●誤解を認めたら、罰せられるという恐怖。
●誤解を認めたら、地獄行きは免れないという恐怖。
●誤解を認めたら、自分がしょ~もない奴だと自覚することになってしまうという心理。
●幻想を愛し、幻想を捨てたくない。現実逃避の心理。


善悪という、おおざっぱな二元論を使って、現実に直面することを称賛し、現実逃避を否定する、といったことは、むろん簡単にできるが、それでは平和の絵本にならない。
幻想と現実と、どっちを信じるか、というのも実はかなり深淵なテーマとなる。そもそも何が幻想で現実か、などそうそうわかることでもない。

神を幻想とみるか、現実とみるか。死後の世界は幻想か、現実か。天国と地獄、輪廻転生とは現実か、それとも幻想か。

話を広げていけば、収拾がつかなくなる。
実際、絵本を作るときの、一番大きな作業は、何を書かないか、捨てる作業に他ならない。

現実から幻想に逃避する、という心理は、「想像と現実」シリーズでかなり書いた。様々な性愛の心理から、快楽殺人、死刑問題にまで、話を広げた。

それから幻想の中で生きる危険については、善悪のテーマで多く書いている。たとえば、魔法のメガネや見えない危険など。

この差別をテーマとする絵本集で描くのは、むろん、快楽殺人ではないだろう。

たとえば、人種差別を撤廃することが、社会秩序の否定であり、革命になること。 そんな難しさを描く。それから、ここで描きたいのは、そのマイナス面も。幻想に逃避することで、たとえば、異なる人種間の恋愛がロミオとジュリエット状態になること。嘘が嘘を延々と呼ぶ、錯覚から幻想へ、といったこと。

間違いを改めることは、決して簡単ではない。間違いを改められない人の弱さを裁くな、その難しさいに寄り添え、といったことも、書く必要があるかな。

とにかく、何を書くか。何を書かないか。 ・・・ここのところが一番難しい。


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  1. 2013/10/23(水) 18:12:45|
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