私ども平和の絵本の、日々の活動日誌です。

2016年09月:「平和の絵本で-和を地球へ」活動日誌

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私どもの平和と癒しの運動の、日々の活動日誌です。

再び善悪


善悪を離れて、憎しみについて考えていたら、憎しみと悪が同じものだと気付き、再び善悪について、考えている。
今日は、「善悪のまとめ」という絵本のストーリーを完成させた。

善悪には、大きく分けて、3つの顔がある。
一つは、分類としての顔。 二分類のように見えるという大雑把さが、まず錯覚の種として働く。
つぎに、命令としての顔。 小さいころからの条件反射のような心の癖で、命令としての機能が善悪に付与される。
三つ目は、属性としての顔。 これは錯覚そのもの。憎しみは、深くここの部分に関わる。 このことを「なるほど!」と最近、気づいたのだ。

この三つの顔を、きちんとまとめた絵本は、まだ書いていない。まだバラバラに描いているだけで。
一応、「善悪のまとめ」のストーリーは完成したが、あとはしばらく温めて、僕の中で熟成させたい。 時間をかけないと、出て来ないことがあるので。

もう一つ、「力の無い正義は無意味か?」という絵本のストーリーも完成。
この絵本はそれほど、本質的なものではないのだが、時々、こんな設問をみかけることがあり、僕なりの回答を書いてみたもの。
善悪関連の絵本で、未完成な絵本もまだ何十本もある。

一方で、憎しみをテーマの絵本は6本ほど、ストーリーがほぼ完成。
こういうことを書きたいという、未完成のストーリーが数本。 罰シリーズは、未完成なものがやはり20本ぐらい。それはこれから。

本当は、1本ずつ完成させてアップしていった方が、絵本を広げていくためには望ましいのだが、絵本同士の相互関係があり、それぞれの絵本のストーリーが見えてこないと、書き始めるのは難しい。

まだしばらくは、思考の日々が続きそうだ。





  1. 2016/09/28(水) 14:51:55|
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悪と憎しみ


憎しみについて、ずっと考えているのだが・・・
ほぼ憎しみとは何かは、分かったと思う。 怒りとの違いも明確になった。

そこでこの2~3日、憎しみの解消方法について考えていた。
解消方法を知るためには、当然、「憎みを保持することのメリット」を知る必要がある。
なんらかのメリットが無ければ、誰も憎しみを保持などしない。

そこで憎しみを保持するメリットには何があるのかなあと考えながら、過去に書いた絵本のアイデア集を読み返していたところ、すでにリストアップをしていたことに気が付いた。ただし「憎しみを保持するメリット」としてではなく、「悪の効用」として、だ。

つまり、悪の効用として昔、リストアップしたものと、憎しみを保持するメリットは、同じだった。
悪と憎しみは、同じものだった。 ・・・鳥肌が立った。

  1. 2016/09/26(月) 16:53:22|
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罰シリーズから


相変わらず考え中。

少し先に進んで、罰シリーズの絵本のストーリーを作成している。 今のところ、罰シリーズとして、10本前後の絵本のストーリーを考えている。

それから、憎しみや許しをテーマとした絵本シリーズをやはり10本ぐらい。

この二つのシリーズにプラスして、数本の、善悪に関する基本の絵本の追加の必要性も感じている。そこまで書けたなら、その20~30本の絵本を序説として、「問題点は分かった。じゃ、この星の未来をどうするのか?」というシリーズで、絵本を20~30本ぐらい書きたいな、と。

つまり、3つの絵本シリーズ、絵本の本数としては50本前後の執筆を構想している。表現の都合上、シリーズを分けてはいるが、僕の中では全て同じテーマであり、それぞれのシリーズ、絵本は密接に関係している。
それぞれが独立したものではないために、相互関係が重要となり、結果、数十本の絵本を鳥瞰しつつ、細部を考えるという、なんともややこしい作業が必要となってくる。

なんといっても数千年の歴史を持つ善悪の錯覚を、どげんかせにゃならんと思っているのだ。思い込み、誤解、錯覚は、地層のごとく、人間社会にも人間の心にも積み重なっており、そうそう簡単に、どうにかなるものではない。 それを、何が何でも、ぶち壊してやると。

まあでも、ようやく少し方向性が見えて来たかな。^^
  1. 2016/09/18(日) 14:55:45|
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憎しみ 怒り など


相変わらず、考え中。

今、考えているのは、
憎しみと怒りと復讐心と恨み。 ・・・どう異なるのか? 

この違いを理解することは、きっと、とても重要なのだ。
異なるものを、同じものだとして扱えば、いうまでもなくグチャグチャになる。

・・・むろん、どれも似た感情ではある。たとえばネットで、「怒りや憎しみにどう対処するか」などと書いてあるWEBはいくらでもある。中には、心理カウンセラーといった専門家も。つまり、怒りと憎しみは、ほぼ同じものとして扱われている。


けれど僕は、「怒り」と「憎しみ」は、かなり異質なものだと考えている。
一例を示そう。

足を踏まれて怒る。  ・・・素直に読める。
足を踏まれて憎む。  ・・・若干の違和感がある。

いかがだろうか?

この違和感はどこから来るのか? そしてそれはなぜ? 
さらには、善悪との関係。世界平和達成への応用。絵本へどう落とすかなど、考えることはいくらでもある。

色々と新しい発見もあり、楽しい。^^
  1. 2016/09/14(水) 12:46:08|
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