私ども平和の絵本の、日々の活動日誌です。

2016年03月:「平和の絵本で-和を地球へ」活動日誌

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私どもの平和と癒しの運動の、日々の活動日誌です。

キャッチを入れてトップ頁を書き直し?


キャッチコピーとしては;
善悪の錯覚 4,000年の悲しみの歴史に終止符を!   

こんな感じかな? 
クイックツアーで、善悪の錯覚だけを取り上げたものを作ろうかと思っていたのだが、平和の絵本の7~8割は善悪の錯覚と関係している。善悪の錯覚に関する絵本を集めたら本数が多くなりすぎて、クイックツアーにならない。

そこでトップ頁そのものを、書き換える手もあるのかなあ、と。
こんな感じ;

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平和の絵本


善悪の錯覚 4,000年の歴史に終止符を!   

あなたは、善悪の錯覚が過去4000年にわたって、人類を凶暴化し、葛藤に巻き込み、想像を絶する悲劇を生む原因となってきた可能性をご存じですか?

もしまだご存じでなければ、ぜひ、以下の絵本集をご覧になってください。
4,000年の歴史を持つ錯覚は、心の奥深くにまで入り込んでいます。 どうかじっくりと時間をかけて、ご覧になってください。

(注)
1.私どもが問題にしていうのは、あくまでも善悪の錯覚です。善悪そのものではありませんので、善悪が何よりも大切だと信じている方も、安心してお読みください。
2.浅学な筆者が知る限りでは、善悪の錯覚をこのように問題視したのは筆者が初めてであり、「錯覚の歴史が4,000年」というのは学問的な話ではありません。善悪二元論を唱えたゾロアスター教の創始は3,000年~3,600年前であることから、「善悪という考え方にはおそらく4千年の歴史はあるだろう、であるなら、そこから派生した錯覚にも同じぐらいの歴史があるんじゃないかな」と筆者が個人的に推測したに過ぎません。



善悪の命令

まずは命令としての善悪について、考えてみましょう。 あなたは、善悪が命令として働くことを意識されたことはおありですか? 

#本当に悪いのは誰?  善悪という命令~1
whoisbad.gif



だから世界中、争いが絶えないのは、本当に当たり前なのです! 善悪の錯覚を放置して、争いが無くなるわけがありません。

#世界を巡る、攻撃命令  善悪という命令~2
attackorder.gif



そして善悪の錯覚は、とても大切な愛すらも歪めてしまいます。

#善悪と愛憎
lovehate.gif




人が何かを錯覚するときって、どこかちゃんと見えていない部分があるものですよね。では、善悪の命令で、見えていないことって、何でしょう? あなたこの絵本の質問に答えられますか?

#正しいことって何?
goodness.gif



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ということで、上記のように続けていく。
善悪と直接の関係がない、差別論などは、大見出しで、次に分けて。

何十本という絵本をアップしているが、実は僕の頭の中では、かなり体系的になっている。つまり、それぞれの絵本は、大きな塊の一部を担っている。 
その塊を描き出す意味で、ただ絵本を目次で羅列しているだけでは、不足かな、と感じてきたのだ。

平和の絵本の目的は、世界に蔓延する各種の錯覚を打ち破り、和を地球へ広げること。そんな方向性をより明確に打ち出せるかも、と考えている。










  1. 2016/03/26(土) 12:46:24|
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4000年を入れたキャッチ


4,000年という言葉を入れた、キャッチコピーが作れないかな、と考えている。

大昔のことであり、本当のことは分からないが善悪の起源はおそよ4,000年かそれ以前だろう。  ⇒参考 善悪の錯覚の起源 ゾロアスター教から現代まで 

善悪という概念の広がりと共に、人々がその危険に気づかないまま善悪の錯覚も同時に広がって、その当然の結果として、人類は凶暴化し続けた。 平和の絵本で僕がやりたいことは、4000年かけて世界中に広がり、深まってしまった善悪の錯覚(錯覚の原因は、善悪に限るものではないが)を打ち破り、人類の凶暴化のプロセスを逆転させること。 つまり凶暴化の原因となっている錯覚を排して、人類をその本来の姿である、もっと平和で優しい存在に戻すことだ。

4000年の善悪の錯覚のプロセスの逆転。 その重要性というのは、それこそとんでも無いものがあると僕自身は思うのだが、いまいち、世間一般に伝わらない。 まあ、善悪の錯覚を客観視すること自体が難しいし、その甚大な影響まで観察するというのは簡単ではなく、重要度に気づく人が少ないのは仕方が無いのかも知れないが、それにしても伝わらない。^^;  出来る限り分かりやすいようにと、絵本という表現手段を使っているのだが、それでも伝わらない。

そこで、「4000年の錯覚を打ち破るんだ」ということが、より分かりやすいようなキャッチコピーを作れないかなと。

今、考えているコピーとしては;

★4,000年かけて世界中に広がった善悪の錯覚を打ち破ろう!
★善悪の錯覚が広がった、4000年の歴史を逆転させよう!
★4,000年の歴史の逆転 善悪の錯覚を打ち破ろう!
★善悪の錯覚 4,000年の歴史の逆転!
★4,000年の逆転。 善悪の錯覚を打ち破ろう!
★4,000年の世界史を逆転する。 善悪の錯覚を打ち破ろう!
★4,000年の人類史を逆転する。 善悪の錯覚への気づきを!
★4,000年の歴史を持つ善悪の錯覚を、気づきの絵本で打ち破ろう!
★4,000年の歴史の転換点を作ろう! 善悪の錯覚を打ち破り、和を地球へ。
★平和の絵本は、4,000年の善悪錯覚の歴史の転換点となることを目指しています。
★善悪4,000年の錯覚の歴史を逆転させ、人類凶暴化のプロセスをストップしよう。
★善悪の錯覚4,000年の歴史の転換を 

など。
え? これ何? と思ってもらえれば、気づき/運動の広がりに資するのではないだろうか。

コピーを作る上で意識しているのは、「善悪を打ち破ろう」ではないということ。そんなことを言ったら、それこそ善と悪の葛藤に巻き込まれてグチャグチャになる。打ち破るのは、あくまでも錯覚。 それから、宗教色を排したいということ。 新興宗教の宣伝だと思われてはマイナス。 うさん臭さは出したくない。

4000年の錯覚を打ち破る、というのは全く掛け値なしで、その通りだと思うのだが、一般の感覚では、眉唾/胡散臭い/新興宗教っぽくなるだろう。 書いている僕も、なんか非常識だなと感じるぐらいだから。笑
そうすると、「覚醒」なんて言葉も、使いづらいかも(なんとなく、うさん臭さが増加?)しれない。 覚醒 啓示 悟る などは宗教的な言葉だろう。

錯覚という名詞に対しては、どんな動詞が付くのかな? 
  ;錯覚から目覚める 錯覚に気づく 錯覚を打ち破る 錯覚を壊す 錯覚から自由になる

もう少し練ってみたいが、何かアイデアがあったら、お聞かせください。<(_ _)>





  1. 2016/03/21(月) 12:48:49|
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善悪の錯覚の起源 ゾロアスター教から現代まで


善悪の錯覚は、「あたかも二分類に見える」ことから、生まれる。

複雑な事象を、善と悪の二つに分類することで、あたかも単純な事象のように見えてしまう。 「複雑なもの」が、あたかも「単純なもの」に見えるというのは、つまり、錯覚だ。

いうまでもなく、善悪という概念が無いところに、善悪の錯覚は生まれない。
では、いつごろ、どこで善悪という二分類の概念が生まれたのだろう?

そう考えると、その起源は善悪二元論を特徴とするソロアスター教にまでさかのぼることが出来る。 
ゾロアスター教は、その後、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教にも大きな影響を与えたという。

開祖のザラスシュトラは、紀元前1600年頃から紀元前1000年頃にかけて生きた人。 そうすると大雑把に言えば、善悪二元論はメソポタミア文明で生まれたのかもしれない。開祖が善悪二元論を説いて、それが人々に受け入れられたということは、少なくとも人々の間に善悪二元論の土壌があったということで、それを思うと、善悪という概念の発明/発見は、今から4,000年ぐらい前にまでさかのぼれるだろう。

宗教/信仰としての善悪二元論は知らず(神の教えに関して、論評するものではありません)、そこから派生した人間心理としての「善悪の錯覚」もまた、少しずつ、人々の心の癖となり、古代ペルシアから全世界に広がっていったと推測できる。これはまたアーリア人の大移動といった民族の、他民族の征服・大移動とも重なる。

当時の人々が他民族を征服する上で、善悪の錯覚は、動機付けと心の痛みを誤魔化すといった、心の問題の(一時的な)解決に大いに役立ったことだろう。

つまりメソポタミア文明で、善悪二元論が生まれ、そこから人間心理として善悪の錯覚が(人々に気づかれることなく無意識に)生み出されてしまった。善悪の錯覚は人々の心をゆっくりと蝕み、人々は結果的に凶暴化し、争うようになり、そこにおそらく自然災害などの動機も重なって、他民族の征服、民族の大移動といったことが起きてしまった。

他民族を征服、虐殺する中で、善悪の錯覚へのニーズは必然的に高まり、人々はより深く善悪に中毒していく。

文明の広がり、民族の移動、宗教の広がりなどによって、善悪二元論は4000年かけて、人類に広がり、その影で善悪の錯覚も広がった。 善悪の錯覚は人間を凶暴化させる。凶暴化して他者を傷つけた人間は、自己正当化のために、より深く善悪の錯覚を必要とする。 そんな有機的なサイクルに飲み込まれた人類は、4000年もの間、親から子へ、子から孫へと、善悪を教え続け、同時に錯覚の手法を伝え続け、凶暴化し続けた。

そして近現代になって、人類そのものの破滅が懸念されるほどの兵器を持ち・使い、あるいは、愛する人を切り刻む快楽殺人者があらわれるほどに、つまりは行きつくところまで人類の凶暴化が行ってしまった。

・・・ものすごく大雑把に言えば、こんな流れになるのかな。

我が平和の絵本は、この4000年間の善悪の錯覚の広がり/人類の凶暴化の流れを逆転させるために、12年前に作ったもの。
ま、4000年かけて広がった錯覚を退治するのだ。一個人がたった12年で結果を出すのは無理。 後に続くものあるを信じ、500年ぐらいはかかるかなと思っている。笑












  1. 2016/03/14(月) 11:29:50|
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絵本「日本独立の選択」へ長文の注意書きを追加


絵本「日本独立の選択」在日米軍基地・施設の地図に関して、注意書きを追加した。

これほど長い注意書きにするつもりは無かったのだが、なんともヤヤコシイ話であり、無理に短くしても誤解を生む可能性が高いと判断し、長文としたものだ。

ちょうど絵本のテーマにも沿った内容となり、この追加注意書きが、絵本「日本独立の選択」へより深みを与えてくれることを期待したい。

お時間のある方は、ご一読ください。<(_ _)>

⇒絵本「日本独立の選択」在日米軍基地・施設の地図の追加注意書きへ
  1. 2016/03/06(日) 15:12:36|
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日米地位協定第2条第4項(b)



絵本「日本独立の選択」の中に、在日米軍基地・施設の配置図を載せている。情報ソースは、防衛省のHP 在日米軍施設・区域別一覧だ。
ここに載っている施設を、日本地図と照らし合わせながら、地図に落としたのが、絵本の中の配置図だ。

最初は全部、黒字で書いていたのだが、米軍がいない自衛隊の駐屯地を含めるのは、オカシイとの指摘があった。防衛省のHPの中で、()書きされている部分だ。なるほどと思い、()書き部分は、青字として、表示した。この()書き部分について、防衛省のHPには、「括弧書きの施設・区域名については、日米地位協定第2条第4項(b)に基づき、米軍が一定の期間を限って使用している施設及び区域を示す。」とある。

さて青字にして発表したが、再度、「自衛隊駐屯地を、あたかも米軍基地のように表示するな」とのご意見を頂いた。「一時的に演習しただけで、米軍基地扱いするな」とだ。

確かに、過去に演習をやったからといって、自衛隊の基地を「在日米軍基地・施設」というのは、オカシイだろう。しかしながら一方で、防衛省のHPそのものに、()書きとはいえ、はっきりと在日米軍施設・区域別一覧として、表示されている。

一体全体、過去に演習をやっただけの自衛隊基地を、防衛省が「在日米軍基地・施設」などと言うだろうか? おまけに防衛省のHPには「一定の期間を限って使用している」と現在形で記述されている。過去に演習をやっただけなら、「過去の一定期間使用した」と書くだろう。 

そこで()書きの意味をネットで調査してみた。いったいぜんたい、「日米地位協定第2条第4項(b)に基づき、米軍が一定の期間を限って使用している施設及び区域」とは、何なのだ?

さて日米地位協定第2条第4項(b)には、「合衆国軍隊が一定の期間を限つて使用すべき施設及び区域に関しては 合同委員会は、 当該施設及び区域に関する協定中に、適用があるこの協定の規定の範囲を明記しなければならない。」と書いてあるだけだ。

「使用すべき」とはまた、ずいぶんと変わった日本語だ。これを読んだだけでは、実態は分からない。

そこで防衛白書を調べてみた。 しばらくあちこち探し、検索もかけてみたが、やはり、「「合衆国軍隊が一定の期間を限つて使用すべき施設及び区域」が何なのか、つまり、合同委員会で何が決められているのか、さっぱり分からない。

そこで、広くネットサーフィンをしてみて、お恥ずかしいのだが、初めて気づいた。合同委員会とは、日米合同委員会のことだったのだ。そして日米合同委員会の中身は、むろん原則非公開(一部は公開)。そういえば昨年12月に、日米合同委員会の議事録の公開請求の裁判が起こされていた。

さらにネットで面白い記事も発見した。前田哲男さんという方の<解説:日米地位協定と「施設の使用」>だ。

以下、関連部分を引用してみる。

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一つは、日米地位協定第2条による「共同使用」の実現である。3月22日の朝日新聞記事も、これに基づく防衛庁の検討内容に関するものであった。
 日米地位協定は、安保条約第6条(基地提供条項)に基づき細則を定めた協定であるが、その第2条第4項Bには、米軍による基地の一時使用ないし再使用権が規定されている。条文は次の通りだ。

「合衆国軍隊が一定の期間を限って使用すべき施設及び区域に関しては、(日米)合同委員会は、当該施設及び区域に関する規定中に、適用があるこの協定の規定の範囲を明記しなければならない」 

つまり日米合同委員会で合意すれば、そして「規定の範囲を明記」すれば、日本全国どの場所でも事実上の米軍基地になしうることが読みとれる。日米合同委員会の議事内容は原則非公開なので、どこが、どんな条件で一時使用基地になったのか国民は知ることはできない。まして、すでに2-4-B条項によってリストアップされている基地については、合同委了解によって、いつでも米軍基地として再使用できると考えておかなければならない。そのような潜在米軍基地が以下に掲げるほども存在するのである(防衛ハンドブック98年版による)。 

〈資料・日米地位協定2-4-Bが適用される施設〉
〈北海道〉16か所
 ◆東千歳駐屯地 ◆鹿追然別中演習場
 ◆千歳演習場 ◆帯広駐屯地
 ◆千歳飛行場 ◆旭川近文台演習場
 ◆別海矢臼別大演習場 ◆丘珠駐屯地
 ◆釧路演習場 ◆名寄駐屯地
 ◆鹿追駐屯地 ◆浦川演習場
 ◆上富良野中演習場 ◆美幌訓練場
 ◆札幌駐屯地 ◆倶知安高嶺演習場

 〈本州〉11か所
 ◆高田関山演習場 ◆百里飛行場
 ◆相馬原演習場 ◆長坂小銃射撃場
 ◆富士演習場 ◆滝ケ原駐屯地
 ◆小松飛行場 ◆今津饗庭野中演習場
 ◆岐阜飛行場 ◆第1術科学校訓練施設(建物)
 ◆原村演習場
 
〈九州・沖縄〉7か所
 ◆新田原飛行場 ◆崎辺小銃射撃場
 ◆日出生台十文字原演習場
 ◆大村飛行場 ◆安波訓練場
 ◆浮原島訓練場

 これらはおもに自衛隊が演習場や駐屯地として使用している場所だが、なかには小松飛行場のように、民間空港(自衛隊との共用)もある。

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もし上記の通りであるとしたら、絵本「日本独立の選択」の米軍基地・施設の配置図の中の青字部分(防衛省HPの括弧書き部分)は、米軍基地がいつでも再使用できる潜在米軍基地ということとなる。

とはいえ上記の通りかどうか、正直、確信は持てなかった。つまり、日米合同委員会で実際、どう取り決められているのか、資料が公開されているのかどうかまでは、一時的なネットサーフィンだけでは、調べられなかったのだ。(可能性について言うなら、いくら時間を書けても現時点で調べることはそもそも不可能なのかも知れない。現在行われている日米合同委員会の公開請求の裁判の対象は、1952年と1960年の議事録とのことであり、50年以上前のものだ。)

・・・ということで、絵本の中の「在日米軍基地・施設の配置図」の青字部分、自分でも実態が結局、よく分からず、どうしたものか、ちょっと迷っている。 よく分からない/調べられないということこそが、一国民にとっての実態であると考えるなら、「いったいこれは何だ?」といった議論を生むためにも、まあ、このまま青字という曖昧な表現こそがふさわしいのかな、という気もしている。 
真偽は知らず、日米合同委員会が日本の真の支配者との説もネット上には蔓延しており(日米合同委員会 支配者 といったワードで検索してみてください)、考えるための切っ掛けにはなるだろう。 

もしお詳しい方がいたら、ご教示ください。<(_ _)>

それから、防衛白書の中で、在日米軍の日本における配置図を発見。以下、添付します。この図を絵本の注意書きに表示する、という手はあるのかもしれない。(膨大な注意書きとなってしまい、絵本の体裁としては、難しいかな?との気持ちもあり、もうちょっと迷ってみます)。
以下、平成27年度防衛白書 図表II-3-4-1(在日米軍の日本における配置図)です。

在日米軍基地


  1. 2016/03/04(金) 11:47:58|
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