私ども平和の絵本の、日々の活動日誌です。

2013年12月:「平和の絵本で-和を地球へ」活動日誌

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私どもの平和と癒しの運動の、日々の活動日誌です。

諏訪中央病院のE先生へ―絵本の旅立ち


昨日、絵本「魔法のメガネ」をお世話になった諏訪中央病院のE先生へプレゼント。まずは身近なところから。^^
  1. 2013/12/26(木) 01:27:07|
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新作絵本「無理が通れば」アップ


新作絵本「無理が通れば」をアップしています。
差別をテーマとする絵本集の14作品目となります。ようやくここまで書けたかという感じです。^^;

まだ先はありますが・・・

隠しに隠された真実、もつれにもつれた糸をほぐさないと辿り着けないもの。
1本1本の糸をほぐしていく、そんな作業が出来ればと願っています。

⇒差別の固定化の心理を描く絵本「無理が通れば」へ
  1. 2013/12/15(日) 15:39:24|
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善悪中毒三部作の辿っている道


もともと平和の絵本の運動を始めたのは、善悪中毒の元原稿を書き上げた後のこと。
2002年ごろには、「善悪中毒」「二千年の幻想」「隣人を愛せず」さらには、「差別論」「認識論」といったものまで、元原稿を書き上げていた。

・・・世界を変えようと、実にクソ真面目に書いた、分厚い本。
この本の原稿を書くことによって、僕の人生は変わってしまった。ビジネスマンから、平和の絵本の主催者へと転身してしまったのだから。

実際にどうなるかは、もちろん分からないが、僕自身は、これらの本は数百年は消えることなく、世界中で読まれる本になるだろうと、素直に予想している。世界中で消えることのないベストセラーになるだろうと。

その一方で、現代の日本に戻ると、見事なほど、これらの本は、「受けていない」。
出版社には嫌がられ・怖がられ、自分で売っても、全く売れないばかりか、「二千年の幻想」の前のタイトル「原爆への復讐」では、タイトルが災いしたようで、グーグルでもヤフーでも宣伝することすら出来なかった。

去年、装いを新たに電子書籍として発表し、アマゾンのKindleへも配信をしていたのだが、今度は、表紙と正式タイトルが一致していない、という訳の分からない理由で、Kindleへの配信ができなくなった。

つまり、「二千年の幻想」「隣人を愛せず」が本の正式タイトルなのだが、表紙には、副題なり、若干の説明を付け加えている。それらの説明文も正式タイトルに含めろ、というのだ。

つまりは、以下のように。

●二千年の幻想 -米国と善悪と原爆と- 聖書論-歴史編
●隣人を愛せず -人類はなぜ凶暴化したのか?- 聖書論-心理編

こんな長々としたタイトルを正式タイトルになど、出来るものではない。本としての質を下げることとなる。しかしそうしなければ、表紙とタイトルの不一致でKindleに配信できないという。

つまりは、僕の本は、杓子定規な規則に引っかかってしまったようなのだ。これほどの内容の本が、いわばゴミのような扱いを受けている。

・・・これもまた歴史。

未来の世界的ベストセラー、世界を変える本が、同時代に生きる人々から、最初はこんな扱いを受けたという、ありふれてはいるが、なかなかに面白い、本の歴史だ。後世の人々への記録のために(きっと受けるだろうと思うので)、この日誌を書きとめておく。







  1. 2013/12/13(金) 01:32:13|
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次の絵本は「無理が通れば」


次の絵本は「無理が通れば」(仮題)の予定。
ストーリーは、ほぼ固まりつつある。これも差別をテーマとする絵本集の1作品となる。

ようやくここまで書けるところまで来た、という実感。ここまで、ずいぶんと難しかった。^^;

差別をテーマとする絵本集の1つなのだけれど、同時に「生と死の絵本集」と今回の絵本で関連してくる。「負ける喧嘩」なり「沈黙の声」のテーマと、今回の絵本のテーマは、かぶってくるのだ。

言葉で一言説明するだけなら、1分もかからないけれど、絵本で表現しようと思えば、何か月もかかってしまう。
「分かるやつにだけ分かればいい、分からない奴はアホ」と1分の説明で済ませられる人が、時々、羨ましくなることがある。(笑)  ・・・ま、仕方ない。

次は絵描きだ。 また、がんばろう!^^
  1. 2013/12/12(木) 14:45:42|
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日本民族のトラウマ―開戦の日に思う


12月8日は、真珠湾攻撃で対米英戦争が勃発した日だ。
この日によせて、思うことを書いてみよう。

ネットなどを見ていて時々思うのだが、戦争に関して、個人レベルで様々な見直しがされており、その数が増えているということ。美談もあれば、ひどいという話もあるが、多くの人がいまだに、戦争について語っている、・・・だけではなく、そうした声が増加している、より草の根レベルへ広がっている。
そんな気がするのだ。

いかがだろうか? これは僕一人の感想だろうか?

それも、語っている人の多くは、戦争を知らない世代。
戦争経験者は、もう70年以上前のことであり、かなりの年齢になっている。彼らの声をネットで見ることは少ないが、若い世代の人たちが、戦争について見直そうとしている、その気運が高まっている、と感じるのだ。

それは僕にとっては、大いに勇気づけられることなのだ。
・・・それをご説明するために、個人のトラウマの発生と解消の流れについて話をふりたい。

何かひどい出来事などを経験し、消化しきれない場合、人はその出来事を心の底に押し込めようとする。無かったことと否定し(極端な場合は、記憶を喪失)、思い出させようとするものに対しては、感情的になって攻撃し、記憶を封印する。善悪の錯覚も、もちろん使われるだろう。これがトラウマの発生だ。

そして何年もたって、少しずつ記憶を取り戻す。少しずつ感情を発散させながら、準備を整える。準備ができるまでは、何度となく、ヒステリックな発作を繰り返す。事件にかかわる相手を全否定したり、自分を全否定したり、極端から極端へと、心がぶれる。それを繰り返す。

そしてある日、準備ができる。そして過去の辛い出来事をもう一度、追体験し(精神的には、初めて体験し、と言えるのかもしれない)、その出来事の深い意味を知る。

辛かった出来事が起きた、一段と深い意味を実感することで、納得感が生まれ、癒しが生まれ、はじめて、トラウマが消える。そして、その辛い出来事を卒業する。手放す。

トラウマが消えた人間は、大きな試練を乗り越えて、一段と心が成長している。


さて、話を戻す。
このトラウマの話を、日本民族という集団が共通して持つ戦争・敗戦のトラウマへと当てはめて観察してみる。
すると、とてもよくあてはまるのだ。

戦後は、長く全否定の時代が続いた。ちょっとでも戦争を連想させるものには、多くの人々がヒステリックになり、全否定をした。

子供の時に見た怪獣映画では、小さな子供一人の命と引き換えに、宇宙怪獣へ、地球人全員が降伏するというストーリーが描かれていた。一人の子供の命は地球よりも重い、とだ。それで数十億人が虐殺されたらどうすんだ、と僕は子供心に思ったのだが、そんな映画が商業ベースに乗るほどに、人々は戦争を嫌悪し全否定をしていた。

ところが最近、そうした全否定の声が、弱くなっている。いわば悪と裁くことによる、目隠し効果があまり使われなくなってきている。全否定の声が弱まると同時に、それまで抑圧されていた美談、といったものが頭をもたげている。

しかしながら、単純な美談といったものも、それを善へと裁くことに使われれば、それは全否定と同じく錯覚効果があり、まだ、追体験/直面までには至っていない。全肯定も全否定と同じく、トラウマに立ち向かうための準備段階にすぎないのだ。

とはいえ、全否定の時代が終わり、そろそろ追体験をするための、準備段階に入ってきたのかなと観察することは出来るのではないだろうか。


先の戦争に関して、まだ日本民族は、トラウマを抱えている。
つまり、このような感覚だ。多くの人々はそれをシコリのように感じるかもしれない。


●なんであんな戦争をしてしまったのか?
●なんであんなに、ひどい目に会わなければいけなかったのか?
●あんなひどい目に会ったことに、あの戦争に、いったいどんな意味があったというのか?


直面し、追体験すれば、より深い戦争の意味が見えてくる。するとそこには「そうだったのか!」という納得感が生まれ、シコリは溶け、トラウマは消え、過去の経験を血肉として成長することができる。

戦争に関する、様々な話の増加は、日本民族が、戦争体験者の減少とともに、戦争体験をこのまま忘れ去るのではなく、トラウマへの直面という道を進んでいるように、僕には思えるのだ。

いつか、日本民族は戦争のトラウマに直面し、追体験し、過去の経験を血肉として成長することができるのではないか、と僕は大いなる期待をしているのだ。

わが平和の絵本が、その一助になればと願っている。^^


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・・・このまま忘れ去るなど、決して致しません。
黙祷





  1. 2013/12/08(日) 16:10:21|
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考え中・・・


11月22日~12月4日と2週間ぐらいの間に、4本、絵本を書きあげられて、なかなか良い調子だと思っていたが、また、つまってしまった。^^;

差別をテーマとする絵本集。
書きたいことは、ほぼわかっていて、どうやって持っていくかも、だいぶ、見えたと思っていたけれど。

不足かなあ?
簡単に作ったストーリーが、甘すぎると感じてしまって。^^;

差別の固定化とストックホルムシンドロームの関係。書くのかなあ?

出来るだけ、読者が読みやすいように敢えて重くホットなテーマを避け(たとえば、ハンセン氏病とか、人種差別、奴隷制度とか、アパルトヘイトとか、障害者問題とか同和問題等をテーマとして描く場合には、かなり神経をつかう必要があるだろう)、比較的抵抗感が少ないと思える刺青を取り上げて、絵本集を進めてきた。

今度は逆に、絵本を書く側としては、重い話題に、つなげにくくなっているのだ。たとえば、マンデラ氏が27年間投獄されていた、というような・・・。差別に反対して、投獄とか、死刑とか、・・・人種差別なら起こりうる話でも、自分の意志で彫った刺青で、温泉に入れないから武装闘争、終身刑・・・等という話には、いくらフィクションであっても、つなげにくい。

・・・ま、簡単に行くか。今の時点では。
心理の流れを描き出すことが重要なのだから。刺青をネタに心理の流れは書くことができる。 あとはそのまま重い話に、応用するだけなのだから。

ストックホルムシンドロームについては、また別の機会に書けるだろう。いかに特殊、ではなく一般的な心理なのか、ということは、前から絵本に書きたいと思っている。
差別をテーマにした絵本集で、(大いに関係はあるのだけれど)ストックホルムシンドロームを書く必要はないのかも。関連テーマの絵本、ぐらいの位置づけで。

難しいなあ・・・


  1. 2013/12/07(土) 23:15:29|
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新作絵本「素直になれない」アップ


新作絵本「素直になれない」アップです。これも差別をテーマとする絵本集の1作品です。
13本目となります。

このシリーズは、まだ続けます。もう少し頑張ります。^^


⇒新作絵本「素直になれない」


  1. 2013/12/05(木) 13:54:30|
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