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私ども平和の絵本の、日々の活動日誌です。

日誌:「平和の絵本で-和を地球へ」活動日誌

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私どもの平和と癒しの運動の、日々の活動日誌です。

善悪の錯覚生成のメカニズム


怒りと憎しみの絵本集の次の絵本に取り掛かっていたのだが、ふと止まってしまった。
これじゃ読者には伝わらないかなあと思ったのだ。

前から気になってはいたのだが、善悪は錯覚生成の道具だという事を、読者の方はどれぐらい理解されているのだろう?
僕にとっては当たり前の事なのだが、そう思っている方はまだまだ少数派ではないか。

であるなら、もっと丁寧に説明する必要があるのではないだろうか?

善悪は錯覚生成の道具。これは基本中の基本。
これは絵本『魔法のメガネ』なり本『善悪中毒』で描いて、満足していたのだが、少し不親切だったかも。

今更感もあるのだが、これをテーマにした新しい絵本集を書く必要がないかなあ?

この基本中の基本を今一度押さえないと、怒りと憎しみの絵本集をこのまま続けても、表面的な理解だけで終わってしまはないだろうか。歴史の中に、この基本が埋もれてしまわないだろうか。

善悪は錯覚生成の道具。二分類の説明から始めて。
自己暗示の事とか。恣意的に決められる事とか。

既存の絵本の位置付けを変える必要もあり、色々難しさもあるけれど。

なかなか前に進まないな。^ ^;;
  1. 2019/11/17(日) 12:31:16|
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新作絵本アップ。「僕はイジメっ子?」


新作絵本アップ「僕はイジメっ子?」をアップした。
イジメの心理は何回か書いていたが、もう少しイジメっ子の心理にそって書きたいと思っていた。

今回、怒りと憎しみの絵本集の中で、ちょうどテーマ的に相応しいものとなるので、取り上げてみた。

自然な怒りから、友人になれる心理を描いた絵本「友達になれるよ」と同じ設定とし、善悪の有無が、いじめの有無になることを示した。二つの絵本を比較して頂ければ、善悪の働き・その危険が浮き彫りになると思う。

イジメ対策と称するものの中には、むしろイジメの助長につながるものがある。イジメを無くそうと努力すればするほど、そのせいで苛めが増える。なんとも皮肉で悲しいことだ。

このアホらしい悲劇を無くすためにも、少しでも多くの方に読んで欲しい。 ・・・いつの日か。^^;;

⇒こちら新作絵本「僕はイジメっ子?」です。

またご感想なりお聞かせください。<(_ _)>
  1. 2019/11/09(土) 14:27:08|
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より直接的な言葉でトップページを書き換え


色々迷ったのだが、善悪の錯覚という言葉の比重を下げ、「善悪が生む錯覚」「善悪」「善悪の支配」といった表現でトップページを書き換えてみた。

4000.gif

上記ロゴでは、錯覚⇒支配 と変更した。洗脳という言葉もかなり迷ったのだが、洗脳という言葉にはニュアンスとして主体の存在がある。つまり、〇〇さんが、▲▲さんを洗脳する、といった具合にだ。

善悪の場合、誰が洗脳する、ということもない。自分が自分を洗脳したり、されたり、他者を洗脳したり、されたり。
悪いことをするな! と子供を叱る人の意識の中には、自分が子供を善悪で洗脳しているという自覚は存在しない。善悪の支配は無意識に行なわれる。

それから洗脳という言葉には、強い善悪のニュアンスがある。インパクトは強いのだけれど。
善悪の危険を訴える活動で、強い善悪のニュアンスを持つ言葉のインパクトに頼る、というのも、まあ、有りかもしれないが少し抵抗もあった。

支配という言葉は、洗脳ほど善悪のニュアンスが強くはないと感じる。そしてインパクトは少し落ちるが、まあまあ。
そんなことで、ここでは支配という言葉をつかってみた。

それ以外にも、トップページを少し書き換えてみた。もし何かお気づきの点ありましたら、教えて下さい。<(_ _)>
  1. 2019/11/01(金) 16:23:15|
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善悪の錯覚? 洗脳?


問題にしているのは、善悪の錯覚であって、善悪ではない。 ・・・そんなスタンスでずっとやってきたけれど、実は最近、少し違和感を持っている。

善悪の問題は、錯覚だけではない。子供の頃から繰り返される暗示効果。悪を憎むといった感情への働きかけ。そこには複雑なマインドコントロールのメカニズムがある。

それを善悪の錯覚といってしまうと、過小評価につながりうるのだ。

今まで、「善悪」を問題としているわけではない、としてきたのは、いうまでもなく、善悪を問題にすると、あまりにも直接的になって反発されることを危惧してのことだ。反発されるのが怖いというより、反発されることで、見てもらえなくなることを恐れてのこと。
最初から入り口を閉ざされたくない、ということが理由だ。

善悪を大事にしている方にこそ、絵本を読んでもらいたい。そう思って、オブラートに包んで、「善悪の錯覚」といった表現を多用してきた。

けれどそれではインパクトに欠ける。過小評価につながる。善悪の危険を除去するという目的に本当に沿っているのか?

今現在、本体WEBでは次のロゴを使っている。

141a.gif


これを洗脳に変えればこうなる。

141b.gif

洗脳の方がインパクトがありそうだなあ。。。
変えるとなると、結構、あちこち影響がありそうだが。

  1. 2019/10/31(木) 17:38:56|
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次作「僕はイジメっ子」、ストーリー作り


次作「僕はイジメっ子」のストーリーを今日はずっとブラッシュアップしている。

だいたい完成はしていたけれど、細かい言い回しとか、何回も書き直してみて。一人称にするか三人称にするかなど、ストーリーAとBとCと3つ作ってみて、結局、Bで行くことにした。

イジメについては、何回か絵本にしているけれど、今回は、怒りと憎しみの絵本集の中の一本として、また少し角度を変えてみるもの。善悪が生んだ、ほんのちょっとした認知の歪み。誰のせいということでもなく、イジメが生まれ深刻化する。そんな流れを描いてみたい。

ページ数は今のところ、22ページ。やや長編になる。絵をたくさん描かないと。^^;; しばらく時間が必要だ。
  1. 2019/10/22(火) 15:59:24|
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